ルーテルのキリスト教教育

ルーテルのキリスト教教育

本学の建学の精神を支えるキリスト教の教えは、講義ばかりでなく、キャンパス・ライフのすべてにかかわります。教師や学友との生きた関わり、交流を通して学び、得るものは少なくないはずです。

学内にキャンパスキリスト教センターを置き、礼拝関連プログラムが、大学チャプレン(牧師)のリーダーシップのもと、チャプレン助手と学生による礼拝委員会などの協力によって進められ、ます。チャペルでは毎日、参加は自由ですがお昼の礼拝があり、そこでは教職員も学生もひとつになって、聖書のことばを聞き、祈りを共にします。礼拝での短い奨めのことばから、語る人の新しい一面に触れる体験もします。

このほか、講演会や映画会、クリスマス礼拝などの行事やプログラムが催されます。4月には新入生全員でキャンパスを離れて、オリエンテーション・フォーラムがあります。

神を賛美し、人への愛が育まれる「ルーテルらしさ」の基礎は、キリスト教教育にあります。大学での学びが単なる知識と技術の伝達に終わらず、人格形成に深くかかわることを願っています。

キリスト教教育

「ルーテル」は「ルター」

「ルーテル」とは宗教改革者ルター(Martin Luther)のことです。Lutherを明治の人は「路帖」と漢字で書き表し、「るうてる」と読んだそうです。人名の読み方はルターと改まりましたが、古い読み方がこの学校や教会の名前に残っているのです。

ルター 聖書との取り組み・教会の改革(1483-1546)

マルテイン・ルター(1483~1546)はドイツの宗教改革者です。農民の子として生まれましたが、炭鉱夫として成功をした父の意思からエルフルト大学で一般教養を学び、法学を学びます。将来をI臓望された学生でした。ところがある日、雷に死の恐怖を|味わい、ルターは修道士になる請願をたてました。そして、アウグスチヌス派の修道会に入り、神学を修め、やがてヴイッテンベルク大学で聖書を教えるようになりました。彼は、聖書の学びを通して、神様の愛を深く理解するようになり、本当の救いの喜びは人間の条件によって与えられるのではなく、ただ、神様の恵みによって、その人の信ずる信仰を通して与えられるものであるということを知るようになりました。それは、当時の教会が教え、また彼が学んできた神学の考えとは異なっていたのです。

ルター

当時、教会は救いのためには、信仰はもちろん大事だけれども、それだけではだめで、善い行いをして自分の罪の償いをしなければ救われないと教えていたのです。善いことをすれば天国に行けるけれど、この世で悪いものであったその程度に応じ、天国に行く前に煉獄で、自分の罪を清めなければ救われないというのです。その善い行いにはいろいろな宗教的な行ないが求められましたが、順宥券(いわゆる免罪符もしくは免償符)を買うことも求められたのです。当時の人々はこれを買って、善いことをして、煉獄にいる自分の肉親が早く天国に救われることを願っていたのです。しかし、この考え方に対してルターは有名な「95箇条』の質問をし、救いがただキリストを信ずることによってのみ与えられることを説いたのです。彼の教えは、異端的なものとされ、ついに国会で審問を受けることになりました。しかし、ルターはこの教えを聖書に基づいて主張をし、これを撤回せず、破門ばかりではなく神聖ローマ帝国から「追放刑」を受けることになりました。

ルターは自分を支持してくれる領邦主に守られ、教会の圧迫に屈せず、説教と著作、また大学の講義を通して、教会全体の改革を呼びかけ続けたのです。それは、それまでのように教会が一部の聖職者の独占する場所のようであったことを改革し、聖書のドイツ語訳や礼拝の改革によって、全ての民衆一人ひとりに神様の愛が届くようにという思いにあふれた改革であったのです。
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