設立母体

設立母体

日本福音ルーテル教会 JELC

日本福音ルーテル教会の最初の礼拝は、1893年の復活祭(イースター)にアメリカの南部一致シノッドから派遣された宣教師シエラーとピーリーにより、九州の佐賀で行われました。これが日本でのルーテル教会の伝道の始まりです。

初期の教会の歴史に於いても、伝道の業は教育事業とともに行われました。熊本には牧師養成と男子の青少年の教育を目的とした九州学院、女子教育を目的とした九州女学院、更には各地の教会の付属施設として幼稚園による幼児教育の分野での教育事業で貢献してきました。

シエラー、ピーリー

社会福祉の分野においても、熊本における慈愛園、東京での東京老人ホームを始めとして、開拓的働きをして、日本社会のために貢献してきています。

1909年、熊本に路帖神学校開設し、現在のルーテル学院大学・日本ルーテル神学校に至るまで、日本ルーテル教団と共に100年以上神学教育を行っています。

04佐賀路帖教会1899年代

日本ルーテル教団 NRK

日本ルーテル教団は、米国ルーテル教会ミズーリ・シノッドが1948年9月19日に東京チャペル・センターでウィリアム・ダンカー宣教師の就任式を行い、日本宣教開始を公式に宣言したことに始まります。

1951年、民間ラジオ放送が始まると同時に、ルーテル・アワー放送を用いた伝道を展開しました。1968年に会衆主義制度の自治教会となって米国教会から独立し、1976年には自給を達成しました。国際的には「国際ルーテル教会協議会」に加盟し、保守的ルター派の信仰を共有する海外の諸教会との交わりを持っています。

国内的には、1966年、日本福音ルーテル教会と「聖壇と講壇の交わり」を宣言して信仰の一致に基づく交わりをもち、ルーテル学院大学・日本ルーテル神学校において日本福音ルーテル教会と協力して神学教育を行うようになりました。

初代校長 ブラウン

ルーテル学院の前身となる路帖神学校の初代校長は、アメリカ・ノースカロライナ州出身のチャールズ・ラファイエット・ブラウンです。南部一致ルーテルシノッド海外伝道局の強い招聘により来日、1909年(明治42)に路帖神学校の初代校長となり、九州学院の校舎建設の監督の重責も果たしました。1921年(大正10)東アフリカ、インド、西アフリカを視察中、腸チフスと合併症により天に召されました。

校長 チャールズ・ラファイエット・ブラウン
(在任期間:1909-1916)

14Brown 1909-1916

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