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概要

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宗教改革者マルティン・ルターの研究にかかわる著作や論文は、毎年世界で三千点に及びます。ルター研究所は、佐藤繁彦氏、北森嘉蔵士など世界的にも有名なルター研究の伝統のうえに開設されました。2012年で開設26周年を迎える当研究所は「ルター研」と親しまれ、日本のルター研究の拠点となっています。

ルター研では、ルター著作の翻訳をすすめ、全36巻予定の『ルター著作集』のうち、これまでに第1集(既刊10巻)、第2集(既刊10巻)を出版してきました。論文集『ルター研究』(既刊9巻)の刊行や、年2回の『ルター新聞』の発行の他、本学での公開講座、原典購読会、全国各地の講演会などを通して、ルター研究を行い、紹介しています。

宗教改革500周年

ルター研究所所長 鈴木  浩

2017年10月31日は、「宗教改革500周年」の日に当たる。

1517年10月31日にアウグスティヌス隠修士会戒律厳守派の修道士で、新設間もないヴィッテンベルク大学で旧約聖書学を教えていたマルティン・ルターが貼り出した一枚のビラが、中世後期のヨーロッパを揺るがせた「宗教改革」の発端になったからである。

このビラは『贖宥(しょくゆう)の効力をめぐる討論』と題されていたが、95項目の箇条書きで書かれていたので、一般には『95箇条の提題』と呼ばれてきた。それは、「わたしたちの主であり、師であるイエス・キリストが『悔い改めよ』と言われたとき、主は、信じる者の生涯が悔い改めの生涯であることを望まれたのである」という言葉で始まっていた。それは、当時ヨーロッパ各地で教会が販売していた「贖宥状(いわゆる免罪符)」を激しく攻撃した言葉であった。「この贖宥状を買えば、果たさなければならない罪の償いが不要になる」と販売人は宣伝していた。それどころか、「陰府(よみ)の国で、生前に果たし終えなかった償いをして苦しんでいる先祖の霊も、その苦しみから解放される」とも販売人は言っていた。

人々は、殺到してそのお札を買い求めていた。

その贖宥状を公然と批判したのが、ルターであった。その後、論争が積み重なってやがて「宗教改革」と呼ばれた大事件へと発展し、各地で同じような運動が始まるようになった。その結果、ルターは破門されるが、ルターに同調するようになった人々の数も増えて、やがて「ルーテル教会」とよばれる教会が成立し、ローマ・カトリック教会とルーテル教会とに分裂することになった。また、他にも類似した教会が生まれ、「プロテスタント教会」と一括して呼ばれるようになるが、そのプロテスタント教会内部でも論争や対立が生じ、いくつものプロテスタントの教派が生まれて、今日に至っている。

その後、長い間この対立状態が続いていたが、その事件から何百年も経つと、時間的にも心理的にも距離ができて、対立していた教会がそれぞれ冷静に過去の出来事を見つめ直す余裕が生まれてくるようになった。その動きに弾みをつけたのが、ローマ・カトリック教会の「第二ヴァティカン公会議」であった。今から50年前のことである。

そうした流れの中で、教会間の対話も進み、相互理解も深まった。ローマ・カトリック教会とルーテル教会の世界組織である「ルーテル世界連盟」の間で、1999年10月31日に『義認の教理をめぐる共同宣言』という公式文書が公表された。それは、二つの教会の分裂の根本原因だったルターの「信仰義認論」という教えについて、二つの教会が基本的な理解で一致していることを明らかにした文書であった。二つの教会の相互理解も大幅に進展した。忍耐強く続けられてきた両教会の間の「対話」の結果であった。同様に、様々なプロテスタント教派の間での対話も進んでいた。

ローマ・カトリック教会とルーテル世界連盟は、その500周年の記念日に、ルターが問題の『95箇条の提題』を貼り出したヴィッテンベルクの「城教会」と呼ばれる教会で、宗教改革を記念した合同の礼拝を行うことになっている。宗教改革以来、初めてのことである。その礼拝は世界中の注目を集めるであろう。また、この500年の間の歴史を二つの教会が一緒になって総括した共同文書、『対立から交わりへ』(仮題)も近々公表される予定である。この500周年の機会に、「教会は一つ」という誰もが抱く願いの実現の一歩が始まればとは、誰しも思うことであろうし、そうしなければならないと思う。

ルター研究所も、その500周年を目指した準備を始めたところである。

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