2016年9月1日 チャペルメッセージ

2016年9月のメッセージ

ルーテル学院大学では、授業のある日は毎日、お昼の礼拝が行われています。参加は自由ですが、授業の合間にほっと一息、心を静めるひとときになっています。ここでは、礼拝メッセージの一部をご紹介します。

「銅貨2枚を献げる心」(パイプオルガン奉献礼拝)江藤 直純 学長

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詩篇 136章1~4節

恵み深い主に感謝せよ。慈しみはとこしえに。
神の中の神に感謝せよ。慈しみはとこしえに。
主の中の主に感謝せよ。慈しみはとこしえに。
ただひとり/驚くべき大きな御業を行う方に感謝せよ。慈しみはとこしえに。
ルカによる福音書 21章1~4節

イエスは目を上げて、金持ちたちが賽銭箱に献金を入れるのを見ておられた。そして、ある貧しいやもめがレプトン銅貨二枚を入れるのを見て、言われた。

「確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。 あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである。」
「輝く日を仰ぐとき、月星眺むるとき」(教会讃美歌171番)、そうです、天地万物を見上げながら、宇宙的なスケールでそれらを賛美するかと思いきや、それらを創造なさった神さまを賛美しています。「森にて鳥の音を聞き」(教会讃美歌171番)また谷間のせせらぎの声に耳を傾けては、静けさの中で心洗われる思いになりながら、自然の美しさを愛で、讃えています。いいえ、それらの美しさを堪能するだけでなく、それらを創られた神さまを賛美しています。聖書の詩人たちは、見える世界をしっかりと見て心揺す振られつつ、見えない世界にいらっしゃるお方を賛美します。そのために、言葉を用いて表現するだけでは足りなくて、あらゆる楽器を奏でながら、あるいは自分自身を楽器としながら、神さまを賛美します。
「わがたま、いざたたえよ、大いなるみ神を」(教会讃美歌171番)と。

聖書に出てくる有名無名の人々は、自分を取り巻く世界の美しさに深く感動しては、創造主を賛美するだけではありませんでした。自分の外側だけではなく、自分自身に起こった出来事をとおして——その出来事がどんなに劇的なものであろうと、殆ど誰の目にもとまらないほどのささやかなことであろうと——、自分の心の奥底に届いた出来事をとおして、神さまに感謝をし、その感謝の思いを言葉と行動で表現します。それが賛美です。

ルカ福音書21章の冒頭に記されていることの舞台はエルサレム神殿の一角です。日本の神社仏閣にはお賽銭箱がありますが、ここエルサレム神殿にもありました。ただし、日本のように木製ではなく、金属でできており、さらには投げ入れる所の形がラッパのように開いており、管を伝って下に集まります。ですから、金持ちたちがたくさんの銀の硬貨を勢いよく投げ込めば、ガランチャランガチャンチャリンと派手な音を立てながら落ちて行きます。人目を引きます。彼らも誇らしげです。

非常に対照的ですが、その横で貧しい身なりのやもめもお賽銭を入れますが、その音は小さ過ぎて聞こえません。それもそうです、彼女が入れたのはレプトン銅貨で、金持ちが投げ入れたデナリオン銀貨の128分の1の価値しかない、最小金額の貨幣で、重さもごく軽いものです。しかも、入れたのは2枚だけでした。隣の金持ちと比べるまでもなく、この貧しいやもめの献金の行為に注目する人など居るはずもないほどでした。
しかし、その場に居合わせたイエス・キリストはこの女性とそのしたことを見逃されはしませんでした。そしてこう仰いました。「確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである」(ルカ21:3-4)と。

わたしは今、金持ちの男たちの総収入に占める献金額の比率と、貧しいやもめのそれとを比較しようなどという気持ちはありません。彼女にとってはなけなしの僅かな手持ちのお金の中から、金額にしたら僅かでしかないかもしれませんが、「生活費全部」とイエスさまが仰るほどの、精一杯の献金をしたのはなぜだろうか、ということを考えてみたいのです。あれこれ推測してみるのですが、出てくる答は一つだけです。強制されてでもなく、打算からでもなく、彼女にできる精一杯の献金をしたのは、そうしないではいられない内なる思いがあったからに違いありません。うれしかったから、喜びがあったから、そうです、感謝しないではいられなかったから、持っているものの中から自分にできるありったけの御礼の気持を表現しないではいられなかったのです。
その感謝すべきことが具体的に何であったのか、それは記されていないし、他人には知る由もないのですが、たしかに彼女にとって心の底から感謝すべき恵みを与えてくださった神さまに向かって、その感謝の気持ちを表さないではいられなかったのです。そうすることが、実は取りも直さず、神さまを賛美していることでした。金属でできたラッパの形をした賽銭箱に小さなレプトン銅貨を二枚投げ入れて生じる音は微かなものだったでしょう。しかし、彼女の感謝の思いが作りだした微かな、聞こえるか聞こえないかの小さな音は、神さまの耳には妙なる賛美の音色に聞こえたことでしょう。

2013年8月12日、京都のホスピスで一人の女性が静かに天に召されました。66歳でした。中学1年生のときから半世紀以上もの歳月を、魂の導き手、人生の同伴者、あるいは実の姉のように慕っていた方に看取られながら。亡くなった女性の名前は北尾幸子さんとおっしゃいます。彼女の地上の人生の最期を看取られたのはわたしたちのルーテル学院の松澤員子理事長です。
北尾さんの癌が見つかったのは前年の秋、永年勤めてきたキリスト教主義の高校で定年を迎える僅か半年前のことでした。癌は残酷にも進行しましたが、北尾さんはそれに負けずに治療を受けながら、闘病しつつ、担任をしている三年生たちを無事に卒業させ、自らもまた高校の音楽教師、チャペルオルガニストという天職を全うされ退職なさいました。その半年間がけっして楽だったはずもありませんが、とうとうやり遂げられました。
しかし、ハッピーリタイアメントのあとの豊かな楽しみの歳月を味わうことなく、病状は一直線に進みました。人生の締め括りをしなければならないことを知った北尾さんは、松澤理事長の助けを借りながら、一つひとつ身辺の整理をなさり、ルーテル学院にも多額の献金をしてくださいました。それが元となってこの素晴らしいオルガンができたのです。でも、京都の北尾幸子さんと三鷹のルーテル学院はどのようなつながりでしょうか。

さきほど申し上げましたように、北尾幸子さんは小学校を卒業後、ミッションスクールの中学、高校、大学へと進まれるのですが、ミッションスクールの中学生になったことがきっかけで、おうちの近くにあった日本福音ルーテル賀茂川教会に通い始められたのです。
そのときの賀茂川教会の牧師が、元本学教授の賀来周一先生、数年後に洗礼を授けられたのがもう引退なさっている柏田憲吾先生、そして教会学校中学科の教師だったのが松澤理事長です。この方たちが北尾さんに聖書が伝えるキリストの福音を伝え、以来50年以上にもわたって彼女の信仰を支え、主にある深く温かい交わりを続けて来られたのです。大学で音楽を専攻し、アメリカの大学院でも宗教音楽を学びパイプオルガンの演奏の腕を磨き、帰国後はやはり京都のキリスト教主義高校で教員となり、吹奏楽部を指導しては近畿大会で最優秀賞を取るまでに育て上げ、毎日のチャペルではパイプオルガンを演奏されて、若い魂を心も体も育てる務めに励まれたのでした。そして、教師としての務めを果たし終えて4ヶ月あまりで地上の生涯を終えられたのでした。

このようにお話しすると、長くはなかったにせよ、発病までは順風満帆、しっかりと充実した人生だったと思わるかもしれません。でも、果たしてそうだったでしょうか。わたしはご葬儀に参列しただけで、後にも先にも生前の北尾さんとお会いしたこともお話をする機会もありませんでしたから、その66年の人生にどのような大波小波が襲ってきたか、凪だけでなく大風が吹いてきたか、喜びや楽しみだけでなく、どんな辛いことや悲しいことも味わわれたか、それらをつぶさに知っているわけではありません。知るべきでもないでしょう。しかし、体に他の人と少し違う特徴があったなどと伺うと、若い女性として辛い思いも悲しい経験もきっとなさったのではなかろうかと勝手に推測します。
なにがそれらに耐えさせ、突破させ、なにがあのようなキリスト教高校で音楽教師またチャペルオルガニストとしての天職を全うさせたのでしょうか。その問いへの答えを探す手掛かりが、このパイプオルガンのための多額の献金をくださったときに添えられていた北尾さんの言葉です。松澤理事長を通して伝えられたのは、「自分が中学一年のときにルーテル教会に通うようになったことによって与えられたキリスト教の信仰への感謝のしるしとして、ルーテルの牧師たちを養成してきた、そしてこれからも養成していくルーテル神学校に感謝の献金をしたい、それをルーテル学院大学・神学校のチャペルの新しいパイプオルガンを設置するために使ってほしい」
ということでした。素晴らしいオルガンがあることで、より豊かな礼拝がなされ、より大きな賛美がなされ、より深く福音というものがチャペルに集まる人々の魂を養い育て、よりよい奉仕者としてこの世へ、教会と社会へ、遣わされていくことが起きるよう祈りを込めて、大きな、貴い献金をくださったのです。

北尾さんは神様の恵みを受け、神様への信仰に堅く立ち、生き抜かれました。このオルガンの上の方の青い帯の上に金色の文字が書かれています。ラテン語でSOLA GRATIA(ただ恵みによってのみ)、SOLA FIDE(ただ信仰によってのみ)、そしてSOLA SCRIPTURA(ただ聖書のみ)。ルターの宗教改革のスローガンは、とりもなおさず、北尾さんの思いでもあったと思います。ただ恵みのみ、ただ信仰のみ、ただ聖書のみ。
そこから分かることは、それほど大きな献金をしてくださるというのは、北尾さんが福音信仰を与えられたことにどれほど大きく、どれほど深く感謝していらっしゃったかということです。あの時にあんなことがあった、この時にこんなことがあったなどということは他人には窺いしれませんが、それはご本人と神さまだけがご存じならそれでいいのです。
深く大きな感謝があったからこそ、美しく豊かな賛美がなされるのです。わたしは確信しています、この素晴らしいオルガンを通して、みごとな賛美がオルガニストによって奏でられ、会衆によって歌われるとき、その群れの中でなによりも北尾幸子さんも賛美の声を挙げていらっしゃるということを。
人知れない神様への感謝の思いを持ち、その表明として献金と自分自身という捧げものをすることは、それは取りも直さず、恵みを惜しみなく与えてくださる神様へ賛美を捧げることなのです。このオルガンを聴くたびに、このオルガンに込められた方の思いを思い起こしたいと思います。

最初の献金者、北尾幸子さんのことを主にお話しましたが、このオルガンが完成するまでにほかにも多くの方々の存在と働きがあったことも忘れてはいけません。北尾さんの生涯と神様への感謝の捧げものの話を聞かれて深く感動して、御自分もまた大きな献金をしてくださったのが白井幸子先生でした。そのお二人のお話を聞いて、大学神学校の後援会が奮い立ち、かねてからルーテル学院に新しいオルガンをと願っておられたので、全国募金をするから是非とも立派なオルガンを造ってくださいと申し出てくださいました。そして、事実二年間で当初の目標を大きく上回る献金を集めてくださいました。全国の教会員の方々、卒業生や保護者、教職員、その他の支援者の方々が祈りと共に献金してくださいました。オルガンの大切さと、どのようなオルガンが望ましいかということについて専門家としてさまざまなアドバイスをくださり、また自ら募金のためのコンサートを3回も無料奉仕で開いてくださったのが、深井李々子先生と湯口依子先生でした。ハープのレベッカ・フラナリー先生もコンサートを開いてくださいました。

言うまでもありませんが、どれだけ献金が集まっても、実際にオルガンを創る人がいなければパイプオルガンは存在しません。もう30年以上前から日本にも工房を設けて、数々の優れたオルガンを製作してきたマルク・ガルニエ・オルグ・ジャポンというオルガン製作所の優れた、献身的なオルガンビルダーたちがまる2年かけて、世界で一つだけの、伝統的な工法にとことんこだわったやり方で、最高の技術を駆使しながら手作りで造り上げました。日本とフランスの工房が協力して、最後の2ヶ月間は3人のオルガン職人が大学に泊まり込んで、この礼拝堂にもっともふさわしい音にするために、気の遠くなるような丁寧な作業で839本のパイプを一本一本整音していきました。
パイプオルガンは独奏用の楽器としてもすばらしいものですが、礼拝で賛美の歌声を支え導くことがそもそもの目的です。ですから、みなさんもチャペルに来て、このオルガンと共に賛美の声をあげましょう。その歌声、その演奏によってもまたわたしたちは神さまの恵みのメッセージを聴くのです。

丹念にメンテナンスしていきながら、向う200年間使うオルガンです。このパイプオルガンを与えてくださった神さまに感謝し、このオルガンを、私たち一同心を込めて神さまに奉献し祝福していただきましょう。神に感謝、神を賛美。アーメン

「知る力と見抜く力を」(前期大学院学位記授与式)江藤 直純 学長

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フィリピの信徒への手紙 1章9~10a節

わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように。
大学院の修士課程、博士後期課程を終えるということがどれほどの苦難に満ちた、険しい山々を登るのにも似た営みであるのかは、以前やはり同じようにその道筋を歩んだ経験のある者ならば理解することのできることです。コースワークも決して楽とは言えませんが、論文の執筆と合格が最難関です。修士論文、博士論文のテーマを定めること、そのゴールに達するために、自分で立てた仮説を実証する実験や調査をすること、もろもろの先行研究を読破し吟味すること、膨大な関連する文献を渉猟すること、そして、自分の新しい見解を明らかにして、論文の形に仕上げること、書いては直され、直されては書き、なんども挫折し、それでも己を奮い立たせて再びパソコンに向き合い、なんとか書き上げること、提出しても、最後の関門、厳しい論文審査、口頭試問が待っていて、普段はあんなに優しい先生方が矢継ぎ早に質問を浴びせかけられること、それらに答え、ディフェンスすること。
そのような長く苦しいプロセスを経て、ここにいらっしゃる三人の方は今日晴れて学位記を授与されます。心からその労をねぎらい、みなさんが初志を貫徹し、目標を達成したことを共に喜びたいと思います。ここまでの険しい道のりを歩み通すために、この学問的な取り組みの意味を理解し、心身の健康を配慮し、陰に陽に励まし支えてくださった家族と、同じ道を歩む友人たちの喜びも一入だと思います。
このあと、一人ひとり名前を呼びあげられ、学位記が授与されることで、みなさんのこの数年間の労苦は報われるのです。
その喜ばしい日に、わたしたちは本学創立以来の伝統に従って、入学式のときと同じように、人間と世界の創造主である神と、一人ひとりに神の愛を伝え、救いをもたらすイエス・キリストの前に立ち、その神の御心を聴くべく、聖書の言葉に耳を傾けましょう。

今から約二千年前、イエス・キリストが十字架に架かり、復活をしてから30年ほど経ったとき、地中海世界を巡り歩いて福音伝道に専念していた使徒パウロという人が各地で多くの手紙を書き残しました。それらの中の一つに「フィリピの信徒への手紙」と呼ばれる比較的短い手紙が新約聖書の中に収められています。短いと言っても日本語に訳して7000字近くあるので、今日の感覚で言うとかなり長めの期末レポートか、ちょっとした論文の分量です。リアルタイムでメールをやり取りすることができるわけでもなく、手紙を届けるにも郵便制度ができていたわけでもないので、書ける機会があるときに、離れている信徒たちの安否を問い、自らの近況報告をすると同時に、イエス・キリストが遺された教えの核心部分を個別具体的な状況を生きている遠隔地に住む信徒たちに説き明かし、生き方の勧めも書き記しているのです。
その中の僅か4行だけをピックアップして、ご紹介し、ともにその文言に込められたメッセージに聴き入りたいと思います。
「わたしはこう祈ります」、こう言ってパウロは語りかけます。「祈ります」というのは、こう考えますとか、こういう意見を持っていますとか、ちょっとお勧めしますとかと言った程度の相手への関わり方ではないのです。「祈ります」というのは、わたしは全身全霊であなたのために願います。それも自分の力の及ぶ範囲は限られるので、自分が信じる神さまになんとかしてくださいと祈り求め、願いが叶うようにその神さまに信頼して全面的にお委ねしますという姿勢なのです。それほどまでに真剣になって、以下のことがその人に成就するようにと心の底から願っているのです。 なにを祈るのかと言えば、あなたがたが「知る力と見抜く力とを身に着けて」、そうです、「知る力」あるいは知性と言いましょうか、そして「見抜く力」、観察力いえ洞察力と言いましょうか、その二つをしっかりと身に着けてほしいと言っています。しかし、それは、知性のための知性、洞察力のための洞察力を磨きなさいと言っているのではありません。「知る力と見抜く力を身に着けて」どうするのかと言えば、使徒パウロはそれに続けて「あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように」と語ります。「愛がますます豊かになるように」です。自分の生活がますます豊かになるようにでもなく、自分の収入がますます豊かになるようにでもありません。自分のキャリアにますます箔がつくようにでももちろんありません。自分の知識がますます増え、自分の技能がいっそう磨かれるようにとも言いません。知識が増え技能が磨かれるのは、それはそれできわめて大事ですが、それが自己目的でもなく、それが究極の狙いでもないのです。パウロは明確に、少しもぶれることもなく、きっぱりと言い切ります。知る力と見抜く力を増し加えて「あなたがたの愛がますます豊かになるように」、さらには「本当に重要なことを見分けられるように」と。

愛とは——キリスト教的な言葉を使うなら、隣人愛ですが——、ああ、わたしは困難な立場にあるだれかを愛しているのだという自分の心の充実とか満足といったことが狙いではないことは言うまでもありません。だれかを好きになり好ましく思うようになるだけでもありません。心の優しさ、あたたかさ、親切さ、きめ細やかな思いやり等々が愛の特徴でしょう。しかし、それにとどまりません。情緒的、感情的な側面だけではなく、もっともっと具体的にどうすることかも問われます。それは、相手の人が人間として大切にされるようになる、その価値が重んじられ尊ばれるようになる、そして、いのちの輝きを取り戻す、生きているあるいは生かされている喜びを味わう、さらには、身体的・精神的・社会的またスピリチュアルな困難が減らされ、あるいはそれらの困難を抱えていてもなお生きる希望と勇気を持てるようになる、突き詰めれば、人間の尊厳を回復し、豊かな人間性を備えて生きることができるようになる・・・そのような状態になるように、及ばずながらも、そして心の底から、全身全霊を傾けて、その人に関わるのです。その関わりとは、その人を受け止め、深く共感し、寄り添い、支え、必要なら具体的な援助の手も差しのばし、立場は異なっても共に生きて行く、そういう関係を生きるようになることこそが愛することだと呼ばれるでしょう。少なくとも聖書は、愛というものをそのように捉えていると言っていいでしょう。

皆さんがこれから就く、あるいは既に就いていらっしゃる職業は広い意味で対人援助職と呼ばれるものでしょう。臨床心理士としてであれ社会福祉士としてであれ、具体的な人間と関わり、その人のいのちを支えて行く役割を担っていかれることになるのでしょう。使徒パウロは、あたかもフィリピにいる信徒たちがそのような専門的な対人援助職に就いているかのように、こう言っています。「わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように」と。
ただ「愛がますます豊かになるように」と祈るだけでなく、そうするためには、そうなるためには、「知る力と見抜く力とを身に着ける」ことが必須だと知っているからこそ、こう勧め、こう祈っているのです。
誰かが大怪我をしている、その人はいのちの危機に瀕している、私はその人を愛しているのだから、ただちに手術をしなければと思っても、その人の身体的な状況が正確に分からなければ、そもそも体の仕組みや生理的な働きの法則を知らなければ、適切な治療などできるはずもありません。どんなにその怪我人を思う気持ちが強くても、素人がメスを振りかざしてはかえって危険極まりないのです。だからこそ、そのためにもろもろの医学的な知識が必要だし、技術が必要です。心の状態も社会的な境遇もスピリチュアルな課題もより包括的全人的なヒューマン・ケアをするためには知る必要があります。 そのために皆さんは、学問をする、学問を深めるという道を選ばれました。ルーテル学院大学の大学院をその教育と研究の場として選ばれました。その中で、援助する相手の人間存在の複雑さ、重層性、多面性、表も裏もあるアンビギュアスな、つまり両義的、多義的な性格、変化しないものもあれば変化するものもあることをはじめ、人間とはなんと神秘的なものかということをよくよく学ばれたことでしょう。言うまでもありませんが、口に出した言葉が必ずしも心の奥底からの言葉ではない場合だってあります。また、個の自立が叫ばれますが、人間はけっしてその環境、人間関係や属する集団、さらに広く社会から孤立して存在しているわけではなく、見えても見えなくても実に不思議な絆、関係があり、それらから影響を受けます。環境からまったく切り離されて生きることができるわけがないことも確認なさったことでしょう。
だからこそ、そういう人間、そういう社会についての理解を広げ深めることが、よりよいサービスを提供できる前提になります。臨床心理学専攻修士課程で学ばれたこと、社会福祉学専攻博士後期課程で究められた研究も突き詰めればみなこの人間というものと人間がその中で生きる社会というものの本性を、そしてそのバリエーションをよりよく理解するためのツールと言えるでしょう。しかも、一般論、法則が機械的に当てはまるのではなく、一人ひとり事情が違います。個性があります。その理解が確かになるときに、それへの介入の仕方、援助の仕方がよりよく分かってくるのです。相手によって、その人の置かれている状況によって、もっともふさわしい関わり方が見えてくるのです。そうするために必要なのが、パウロの言う「知る力と見抜く力を身に着ける」ことなのです。「あなたがたの愛がますます豊かになる」ため、そして「本当に重要なことを見分けられるようになる」ためにどうしても必要なことなのです。

「心と福祉と魂の援助をする高度な専門家を養成する」ことを使命とするルーテル学院大学は、聖書が説く隣人愛の実践、あるいは困難の中にある人への奉仕の働きを生きる人々に対して、その心の在り方、価値観を高め深めるとともに、より複雑化し、個人の努力だけでは解決しない課題山積の社会を生きる人への適切なヒューマン・ケアをできるように、専門的に援助できる力を増し加える教育と研究を進めてきました。
皆さんは、隣人への、とりわけさまざまな困難を抱えて生きる人々への愛をますます豊かにするために、ルーテルの大学院での教育と研究を修めることを通して「知る力と見抜く力とを」増し加え、身に着けられました。すばらしいことです。

最後に二つのことを申し上げます。一つは、「知る力と見抜く力」は、そして「愛」というものは、物のように使えば使うほど減るのではなくて、逆に使えば使うほど増えるものだということです。どうぞ実践の中で惜しみなく注ぎ出し、発揮してください。
第二は、キリスト教の信仰によれば、「愛は神から出るもの」です。「神は愛です」(ヨハネの手紙4:7-8)。ですから、わたしたちが無理やり自分の中からないものを絞り出そうとしなくても、神さまから愛する力が与えられるということを信じてください。不安になることも焦ることもないのです。愛は、愛する力は、与えられるのです。そうすることで、わたしたち一人ひとりは、神さまが困難の中にある人に差し出そうとされる愛の伝達者、媒介、チューブとされるのです。ヒューマン・ケアの専門職としてのわたしたちの働きをそのように生かし用いてくださるお方を信頼して、働きの成果もお委ねして、心安らかに務めに勤しんでください。
そのための用意ができた皆さんを送り出すことを大きな喜びとします。そういう卒業生がこれから社会の中で活躍することを誇りに思います。愛の神さまの祝福がお三方の上に豊かに注がれますように、心からのお祝いと共に、祈ります。アーメン

「幸いのために」(創立記念礼拝説教)石居 基夫 神学校校長

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ルカによる福音書 6章20~21節

さて、イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。「貧しい人々は、幸いである、神の国はあなたがたのものである。今飢えている人々は、幸いである、あなたがたは満たされる。今泣いている人々は、幸いである、あなたがたは笑うようになる。」
ルカ福音書の中にあるイエス様のことばです。二千年前のユダヤ社会でのことですけれども、そこにはたくさんの貧しい人々があり、生きていくために苦しみや哀しみを抱えている人たちが大勢居ました。一方では裕福で、そして安全・安心で宗教的にも社会的にも立派な人たちが居たのですけれど、それは、本当に一握りの特権的な人たちでしたでしょう。そういう人たちだけが神様の祝福を得ていて、他の人はそれには値しない人たち、だからこんなに苦しみがあるのだと差別されていたような時代です。
その時に、イエス様はその目の前にいる、一人ひとりが神様の祝福、幸いのなかにあるのだと宣言される。慰められ、癒されて、あなたこそが喜びの神の国にある。そうあるべきだから、そうなのだと宣言されるのです。

イエス様による、神様からの「幸い」への宣言、約束は、神様の国が実現する時にそこでかなえられることの確かさの故に、まだその実現を今目の前に見ていなくとも、その喜びが生き生きと私を変えていく。ルター研究所所長の鈴木浩先生流にいえば、一億円の宝くじ、当選したなら、そのくじを見て、まだ銀行にいって受け取っていなければそのくじはただの紙切れですけれど、1億円が確かに自分のものだと大喜びするでしょう。すぐ無くなるかもしれない一億円と銀行と紙切れが保証するのではなく、確かな「幸い」をくださるのは神様でイエス様のことばがそれを保証するわけですから、こんなに確かな喜びはない。そういう祝福が宣言されているわけです。その「幸い」は確かに約束されている。
けれども、今すぐにはここにないということも確かでしょう。哀しみも苦しみもその現実がそこにある。それなら、その「幸い」をこの時にもなんとかして、その一人ひとりに実現していこうと神様のみ業に仕えるようにする。それが宣教の働きです。神様の約束のことばを告げ知らせる教会や牧師の働きとともに、社会福祉の働きというのは、その「幸い」を具体的に保証していこうという一つの働きだといってよいでしょう。

今からちょうど40年前、1976年に本学は大きな決断を形にしました。それは、それまで神学大学、神学校としてルーテル教会の牧師を育てるというその学校の教育・研究において、「社会福祉」の働き人を育てることを使命として、はっきりと位置づけたことでした。神学部、神学科の中に「キリスト教社会福祉コース」が誕生しました。
社会福祉は、ルーテル教会がこの日本に伝道をはじめた当初から、教会の大切な働きの一つとしてきたものでした。1919年にモード・パウラスという女性宣教師の働きによって九州熊本の地に慈愛園がたてられ、高齢者やさまざまな生活の困難を抱える人たちへの社会的支援をつくっていきます。その後各地で老人ホーム、母子寮や保育施設、障がい者の施設などが、教会や信徒の働きによって産み出されていったのです。ですから、その現場にその働き人を送り出すことは、当然に考えられたことだったと言ってよいでしょうし、それぞれの現場で人材は求められてきたのです。そうした思いに応えるようにして、この大学は福祉教育をはじめます。

本学の百年史に、実は、このキリスト教社会福祉コースをつくり、やがて社会福祉学科を立ち上げていったこと、また、キリスト教とカウンセリングコースから臨床心理の教育を産み出していった近年の取り組みが記録されています。まとめられた江藤直純学長が、その時代を記した項目のタイトルは、「人間の『幸い』のための教育への展開」です。
イエス・キリストが、さまざまな困難を生きる人々に、あなたがたは「幸い」と宣言された。神様によって造られ、いのちを与えられた一人ひとりが、その神様の約束される「幸い」に生きるのは、当然のこと。それが、この世界の中で確かに実現されるための教育をここに展開をしているのだと思う。

1976年に入学した、キリスト教社会福祉コース第一期生は11名。全員がいずれかの教会の牧師先生の推薦をもらって、当時の日本ルーテル神学大学に福祉を学びたいとやってきた学生たちでした。ズラッと並ぶ神学、キリスト教の科目も神学生と一緒に机を並べて履修しなければならないということもありました。聖書もいいけれど、社会福祉をちゃんと学びたいという強い思いや、逆にキリスト教にしっかりとたったところで福祉を教えてほしいとか、学生たちもそれぞれに自分たちの思いをぶつけ、教員も真剣にそうした学生と議論を交わしながら、一つひとつつくられていった社会福祉の人材教育でした。

先日の一日神学校でもこの福祉教育40周年を記念し、感謝の企画がございました。キリスト教社会福祉コース草創期から牽引してくださった前田ケイ名誉教授をはじめ歴代の福祉のコース主任、学科長の先生方に市川一宏先生がお尋ねくださるようにして、本学社会福祉教育の使命とまたその課題、そして展望をお話くださったのです。

そのなかで、なによりも印象に残りましたのは、やはり、教会が先駆的に取り組み、支えてきた社会福祉の中で、その専門性を高めるために福祉の現場に即した実践力をつける教育を担ってきたという自負があふれていることでした。そして、もう一つは、私たちの福祉教育は、キリスト教に基づいた全人的・包括的な人間理解を軸にして、個人を尊重し、一人ひとりを大切にするワーカーをたくさん送り出してきたし、卒業生が本当にそれぞれの現場・地域で確かな福祉の担い手となってくださってきたということへの感謝の思いでありました。

「キリスト教に基づいた福祉」というと、それは、なにか特別な宗教的動機や義務感のようなものがあるのかと誤解されるかも知れないし、慈善事業だとかキリスト教の偽善じゃないかと揶揄されるということもあったので、あまり強調することははばかれるといわれたこともあります。しかし、やはり本学では、一貫して、私たちはこのチャペルで、学生も教職員も神様のみことばによって支えられ、導かれてきたと思っています。
私たちが社会福祉の教育や、臨床心理の教育をするのは、もちろん、学生の皆さんがそういう専門を身につけて、将来に羽ばたいていってほしいとねがっているということであります。けれども、その働きを担う人材をおくりだすことは、この世界で、たくさんの人々が苦しみ、悩み、生きるいのちの尊厳が奪われているという現実のなか、その一人ひとりに「幸い」を実現していかなければならないという使命を思うからです。
二ヶ月前に相模原の障害者の施設で、決してあってはならない事件で、何人もの尊い命が奪われました。世界を見れば内戦で、また飢餓や迫害で、大きな災害で、今もいのちに危険が迫っている。そういう現実がある。そのなかに、神の幸いの宣言と、そしてそのことの実現を是非とも伝え、守っていかなくてはならないのです。
この使命を託される私たち自身も、たくさんの悩みや哀しみを抱えている存在でもあります。だからこそ、このチャペルにおいて、生きることの本当の支え、神に愛されているという確かさに私たちも出会い、そのみことばの慰めと力に満たされていたいと思う。そうして、私たちに与えられたこの使命を高く掲げて、神の祝福、「幸い」のために、それぞれの歩みを進めていきたいと思うのです。
アーメン。

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