2016年9月1日 チャペルメッセージ

「銅貨2枚を献げる心」(パイプオルガン奉献礼拝)江藤 直純 学長

詩篇 136章1~4節
恵み深い主に感謝せよ。慈しみはとこしえに。
神の中の神に感謝せよ。慈しみはとこしえに。
主の中の主に感謝せよ。慈しみはとこしえに。
ただひとり/驚くべき大きな御業を行う方に感謝せよ。慈しみはとこしえに。

ルカによる福音書 21章1~4節

イエスは目を上げて、金持ちたちが賽銭箱に献金を入れるのを見ておられた。そして、ある貧しいやもめがレプトン銅貨二枚を入れるのを見て、言われた。

「確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。 あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである。」

「輝く日を仰ぐとき、月星眺むるとき」(教会讃美歌171番)、そうです、天地万物を見上げながら、宇宙的なスケールでそれらを賛美するかと思いきや、それらを創造なさった神さまを賛美しています。「森にて鳥の音を聞き」(教会讃美歌171番)また谷間のせせらぎの声に耳を傾けては、静けさの中で心洗われる思いになりながら、自然の美しさを愛で、讃えています。いいえ、それらの美しさを堪能するだけでなく、それらを創られた神さまを賛美しています。聖書の詩人たちは、見える世界をしっかりと見て心揺す振られつつ、見えない世界にいらっしゃるお方を賛美します。そのために、言葉を用いて表現するだけでは足りなくて、あらゆる楽器を奏でながら、あるいは自分自身を楽器としながら、神さまを賛美します。
「わがたま、いざたたえよ、大いなるみ神を」(教会讃美歌171番)と。

聖書に出てくる有名無名の人々は、自分を取り巻く世界の美しさに深く感動しては、創造主を賛美するだけではありませんでした。自分の外側だけではなく、自分自身に起こった出来事をとおして——その出来事がどんなに劇的なものであろうと、殆ど誰の目にもとまらないほどのささやかなことであろうと——、自分の心の奥底に届いた出来事をとおして、神さまに感謝をし、その感謝の思いを言葉と行動で表現します。それが賛美です。

ルカ福音書21章の冒頭に記されていることの舞台はエルサレム神殿の一角です。日本の神社仏閣にはお賽銭箱がありますが、ここエルサレム神殿にもありました。ただし、日本のように木製ではなく、金属でできており、さらには投げ入れる所の形がラッパのように開いており、管を伝って下に集まります。ですから、金持ちたちがたくさんの銀の硬貨を勢いよく投げ込めば、ガランチャランガチャンチャリンと派手な音を立てながら落ちて行きます。人目を引きます。彼らも誇らしげです。

非常に対照的ですが、その横で貧しい身なりのやもめもお賽銭を入れますが、その音は小さ過ぎて聞こえません。それもそうです、彼女が入れたのはレプトン銅貨で、金持ちが投げ入れたデナリオン銀貨の128分の1の価値しかない、最小金額の貨幣で、重さもごく軽いものです。しかも、入れたのは2枚だけでした。隣の金持ちと比べるまでもなく、この貧しいやもめの献金の行為に注目する人など居るはずもないほどでした。
しかし、その場に居合わせたイエス・キリストはこの女性とそのしたことを見逃されはしませんでした。そしてこう仰いました。「確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである」(ルカ21:3-4)と。

わたしは今、金持ちの男たちの総収入に占める献金額の比率と、貧しいやもめのそれとを比較しようなどという気持ちはありません。彼女にとってはなけなしの僅かな手持ちのお金の中から、金額にしたら僅かでしかないかもしれませんが、「生活費全部」とイエスさまが仰るほどの、精一杯の献金をしたのはなぜだろうか、ということを考えてみたいのです。あれこれ推測してみるのですが、出てくる答は一つだけです。強制されてでもなく、打算からでもなく、彼女にできる精一杯の献金をしたのは、そうしないではいられない内なる思いがあったからに違いありません。うれしかったから、喜びがあったから、そうです、感謝しないではいられなかったから、持っているものの中から自分にできるありったけの御礼の気持を表現しないではいられなかったのです。
その感謝すべきことが具体的に何であったのか、それは記されていないし、他人には知る由もないのですが、たしかに彼女にとって心の底から感謝すべき恵みを与えてくださった神さまに向かって、その感謝の気持ちを表さないではいられなかったのです。そうすることが、実は取りも直さず、神さまを賛美していることでした。金属でできたラッパの形をした賽銭箱に小さなレプトン銅貨を二枚投げ入れて生じる音は微かなものだったでしょう。しかし、彼女の感謝の思いが作りだした微かな、聞こえるか聞こえないかの小さな音は、神さまの耳には妙なる賛美の音色に聞こえたことでしょう。

2013年8月12日、京都のホスピスで一人の女性が静かに天に召されました。66歳でした。中学1年生のときから半世紀以上もの歳月を、魂の導き手、人生の同伴者、あるいは実の姉のように慕っていた方に看取られながら。亡くなった女性の名前は北尾幸子さんとおっしゃいます。彼女の地上の人生の最期を看取られたのはわたしたちのルーテル学院の松澤員子理事長です。
北尾さんの癌が見つかったのは前年の秋、永年勤めてきたキリスト教主義の高校で定年を迎える僅か半年前のことでした。癌は残酷にも進行しましたが、北尾さんはそれに負けずに治療を受けながら、闘病しつつ、担任をしている三年生たちを無事に卒業させ、自らもまた高校の音楽教師、チャペルオルガニストという天職を全うされ退職なさいました。その半年間がけっして楽だったはずもありませんが、とうとうやり遂げられました。
しかし、ハッピーリタイアメントのあとの豊かな楽しみの歳月を味わうことなく、病状は一直線に進みました。人生の締め括りをしなければならないことを知った北尾さんは、松澤理事長の助けを借りながら、一つひとつ身辺の整理をなさり、ルーテル学院にも多額の献金をしてくださいました。それが元となってこの素晴らしいオルガンができたのです。でも、京都の北尾幸子さんと三鷹のルーテル学院はどのようなつながりでしょうか。

さきほど申し上げましたように、北尾幸子さんは小学校を卒業後、ミッションスクールの中学、高校、大学へと進まれるのですが、ミッションスクールの中学生になったことがきっかけで、おうちの近くにあった日本福音ルーテル賀茂川教会に通い始められたのです。
そのときの賀茂川教会の牧師が、元本学教授の賀来周一先生、数年後に洗礼を授けられたのがもう引退なさっている柏田憲吾先生、そして教会学校中学科の教師だったのが松澤理事長です。この方たちが北尾さんに聖書が伝えるキリストの福音を伝え、以来50年以上にもわたって彼女の信仰を支え、主にある深く温かい交わりを続けて来られたのです。大学で音楽を専攻し、アメリカの大学院でも宗教音楽を学びパイプオルガンの演奏の腕を磨き、帰国後はやはり京都のキリスト教主義高校で教員となり、吹奏楽部を指導しては近畿大会で最優秀賞を取るまでに育て上げ、毎日のチャペルではパイプオルガンを演奏されて、若い魂を心も体も育てる務めに励まれたのでした。そして、教師としての務めを果たし終えて4ヶ月あまりで地上の生涯を終えられたのでした。

このようにお話しすると、長くはなかったにせよ、発病までは順風満帆、しっかりと充実した人生だったと思わるかもしれません。でも、果たしてそうだったでしょうか。わたしはご葬儀に参列しただけで、後にも先にも生前の北尾さんとお会いしたこともお話をする機会もありませんでしたから、その66年の人生にどのような大波小波が襲ってきたか、凪だけでなく大風が吹いてきたか、喜びや楽しみだけでなく、どんな辛いことや悲しいことも味わわれたか、それらをつぶさに知っているわけではありません。知るべきでもないでしょう。しかし、体に他の人と少し違う特徴があったなどと伺うと、若い女性として辛い思いも悲しい経験もきっとなさったのではなかろうかと勝手に推測します。
なにがそれらに耐えさせ、突破させ、なにがあのようなキリスト教高校で音楽教師またチャペルオルガニストとしての天職を全うさせたのでしょうか。その問いへの答えを探す手掛かりが、このパイプオルガンのための多額の献金をくださったときに添えられていた北尾さんの言葉です。松澤理事長を通して伝えられたのは、「自分が中学一年のときにルーテル教会に通うようになったことによって与えられたキリスト教の信仰への感謝のしるしとして、ルーテルの牧師たちを養成してきた、そしてこれからも養成していくルーテル神学校に感謝の献金をしたい、それをルーテル学院大学・神学校のチャペルの新しいパイプオルガンを設置するために使ってほしい」
ということでした。素晴らしいオルガンがあることで、より豊かな礼拝がなされ、より大きな賛美がなされ、より深く福音というものがチャペルに集まる人々の魂を養い育て、よりよい奉仕者としてこの世へ、教会と社会へ、遣わされていくことが起きるよう祈りを込めて、大きな、貴い献金をくださったのです。

北尾さんは神様の恵みを受け、神様への信仰に堅く立ち、生き抜かれました。このオルガンの上の方の青い帯の上に金色の文字が書かれています。ラテン語でSOLA GRATIA(ただ恵みによってのみ)、SOLA FIDE(ただ信仰によってのみ)、そしてSOLA SCRIPTURA(ただ聖書のみ)。ルターの宗教改革のスローガンは、とりもなおさず、北尾さんの思いでもあったと思います。ただ恵みのみ、ただ信仰のみ、ただ聖書のみ。
そこから分かることは、それほど大きな献金をしてくださるというのは、北尾さんが福音信仰を与えられたことにどれほど大きく、どれほど深く感謝していらっしゃったかということです。あの時にあんなことがあった、この時にこんなことがあったなどということは他人には窺いしれませんが、それはご本人と神さまだけがご存じならそれでいいのです。
深く大きな感謝があったからこそ、美しく豊かな賛美がなされるのです。わたしは確信しています、この素晴らしいオルガンを通して、みごとな賛美がオルガニストによって奏でられ、会衆によって歌われるとき、その群れの中でなによりも北尾幸子さんも賛美の声を挙げていらっしゃるということを。
人知れない神様への感謝の思いを持ち、その表明として献金と自分自身という捧げものをすることは、それは取りも直さず、恵みを惜しみなく与えてくださる神様へ賛美を捧げることなのです。このオルガンを聴くたびに、このオルガンに込められた方の思いを思い起こしたいと思います。

最初の献金者、北尾幸子さんのことを主にお話しましたが、このオルガンが完成するまでにほかにも多くの方々の存在と働きがあったことも忘れてはいけません。北尾さんの生涯と神様への感謝の捧げものの話を聞かれて深く感動して、御自分もまた大きな献金をしてくださったのが白井幸子先生でした。そのお二人のお話を聞いて、大学神学校の後援会が奮い立ち、かねてからルーテル学院に新しいオルガンをと願っておられたので、全国募金をするから是非とも立派なオルガンを造ってくださいと申し出てくださいました。そして、事実二年間で当初の目標を大きく上回る献金を集めてくださいました。全国の教会員の方々、卒業生や保護者、教職員、その他の支援者の方々が祈りと共に献金してくださいました。オルガンの大切さと、どのようなオルガンが望ましいかということについて専門家としてさまざまなアドバイスをくださり、また自ら募金のためのコンサートを3回も無料奉仕で開いてくださったのが、深井李々子先生と湯口依子先生でした。ハープのレベッカ・フラナリー先生もコンサートを開いてくださいました。

言うまでもありませんが、どれだけ献金が集まっても、実際にオルガンを創る人がいなければパイプオルガンは存在しません。もう30年以上前から日本にも工房を設けて、数々の優れたオルガンを製作してきたマルク・ガルニエ・オルグ・ジャポンというオルガン製作所の優れた、献身的なオルガンビルダーたちがまる2年かけて、世界で一つだけの、伝統的な工法にとことんこだわったやり方で、最高の技術を駆使しながら手作りで造り上げました。日本とフランスの工房が協力して、最後の2ヶ月間は3人のオルガン職人が大学に泊まり込んで、この礼拝堂にもっともふさわしい音にするために、気の遠くなるような丁寧な作業で839本のパイプを一本一本整音していきました。
パイプオルガンは独奏用の楽器としてもすばらしいものですが、礼拝で賛美の歌声を支え導くことがそもそもの目的です。ですから、みなさんもチャペルに来て、このオルガンと共に賛美の声をあげましょう。その歌声、その演奏によってもまたわたしたちは神さまの恵みのメッセージを聴くのです。

丹念にメンテナンスしていきながら、向う200年間使うオルガンです。このパイプオルガンを与えてくださった神さまに感謝し、このオルガンを、私たち一同心を込めて神さまに奉献し祝福していただきましょう。神に感謝、神を賛美。アーメン

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