2017年1月1日 チャペルメッセージ

「逃げるは恥だが役に立つ」秋貞由美子 専任講師

コリントの信徒への手紙 10章13節
あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。

私は2006年にルーテル学院大学に赴任しましたので、今年で丸8年間働かせていただいたことになります。この間いろいろな仕事をさせていただきましたが、そのうちの一つに、大学での学びの一環として学生を実習やボランティア、インターンシップなどに送り出すこと、そして、卒業後の就職にむけて支援すること、というお仕事があります。
やってきた仕事それぞれに喜びがありますが、私が最も「この仕事やっていてよかったなー」と思う場面は、卒業生が大学に顔を出してくださり、仕事が充実していること、りっぱに働いている様子がわかるとき、です。
在学中は「どないなろか」と思った、まあ、デキがよいとは決して言えなかった学生が、すっかり職業人として成長した姿を見せてくれると、喜びもひとしおです。ああ、職場が彼を、彼女を、育ててくださったのだなあと、感謝の想いでいっぱいになります。

一方、卒業生のなかには、仕事がうまくいかず辞めたいと相談に来る人もいます。原因は職場の人間関係であったり、体を壊してしまったりと、人それぞれです。通常は新卒で就職した職場には最低3年から5年は働いたほうがいいといいますが、話を聞いてみると、これ以上同じところで働き続けるのはこの人のキャパシティを超えているかもしれないと思われるケースもあり、転職活動をサポートすることもあります。そういうときの卒業生が自信をなくしていることも多く、この経験を決して後ろ向きではなくポジティブに受けて止めて前に進んでほしいなあとなんとなく思っていたところに出会った言葉が、今日のテーマ「逃げるは恥だが役に立つ」という一文でした。

この言葉は、去年まで放映されていたテレビドラマのタイトルです。かなり世間で話題になり、主題歌で踊る「恋ダンス」が流行しましたので、ドラマを見ていない方でも耳にしたことがある方が多いかと思います。ドラマのストーリーは、恋愛経験のない自称「プロの独身」という男性と、大学院卒で派遣切りにあって仕事がなくなってしまった女性が、ひょんなことから契約結婚をするというラブコメディです。
さて、このドラマの原作者によれば、「逃げるは恥だが役に立つ」という言葉は、ハンガリーのことわざで「逃げることは恥だ。しかし役に立つときもある。=恥ずかしい逃げ方だったとしても生き抜くことが大切」という意味だそうです。「逃げる」というネガティブな行為をポジティブに変換している響きが私のなかでストンと落ちて、礼拝メッセージの依頼があったときにテーマに選んだのでした。テーマを決めてからあわてて、「それでは、聖書にはなんと書いてあるのだろう」と調べて、さきほど朗読いただいた個所につきあたったしだいです。神様は試練にぶつかったときに逃れる道を用意してくださる。聖書にもそう書いてあるのですね。生きるためにはときに逃げてもいいのだ、と。

ただ、私は、単に逃げるだけではだめではないかと思うのです。逃げた後に起こることを自分の責任で受け止めることが大事だと。たとえば、仕事が厳しくて退職したあと、なかなか次の仕事が決まらずつらい思いをしたとしても、それを誰かのせいにするのではなく、自分の選択で起きたことだと受け止め、次の道に向けて努力をすることが必要だと思うのです。試練から逃げても自分の人生から逃げてはいけないのです。
そして原作者はこうも言っています。
「不安なら逃げるのもあり。でも残したものが大切なら息を整えて戻ってくることも必要」
たとえば、友人との関係、恋愛関係、家族の問題で悩んでいるとき。その場からいったん逃げたほうがいい場合はあると思います。でも大切な相手なら、時間をおいて自分の力がついたらまた向き合うことも必要だと。

私たちは様々な試練に出会ったときどう向き合うか。今日の聖書のみことばはその道を示してくださっていると思いました。どんな試練があったとしても生きていきましょう。誰かに相談したり、助けを求めましょう。必要なら聖書に書かれているとおり、きっと逃げ道を神様が用意してくださいます。そしてたとえ逃げても、力をつけたら、また戻ってきましょう。

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