市川一宏研究室
思い出記
2002年度
旅日記
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−2003年度−
出会い
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−2003年度−
味めぐり
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−2003年度−
陶磁器のわがまま展覧会
霧島神宮駅より特急で宮崎に向かう。約1時間20分。疲れが出て、ほとんど寝ていた。宮崎駅に着いて、ふと思った。車内のアナウンスに「汽笛いっせい新橋を」という例の音楽が流れているのである。線路は続いているのだ。
  研修が行われた霧島ロイヤルホテルからの外観はすばらしかった。霧に包まれた山並を見ながら、霧島と言う意味を実体験した。なお、一つ驚いたこと。露天風呂に深夜ひとりで入っていると、そこに小さな鳥居があり、霧島神社が湯元と書いてあった。ゆかりの風呂かもしれないと眺めていると、「すいません、すいません」と女性の声。男湯なので、「湯霊」かと驚いて振り返ると「露天風呂は12時までですので、すいません」との声。促されて内湯に移動したが、結構こわかった。
「逆転の発想」
 最近、炭への関心が高まっている。健康のためである。備長炭の人気は特に高いそうだ。霧島では、「炭シャンプー」と出会った。本来、炭というと墨汁を連想する。墨汁は、消えないことが前提である。しかし、このシャンプーは、色が着かないことが絶対的条件。これを逆転の発想と言うのかもしれない。

指揮 ウラディーミル・アシュケナージ
フィルハーモニア管弦楽団

 武蔵野市民文化会館において、この貴重なコンサートが開かれた。妻が6月に予約し、11月に開催されるその間、私はその日程を死守することを決め、努力した。そして今度は、妻との約束を守り、当日に文化会館に着き、プログラムを見てびっくり。
あの有名なアシュケナージではないか。そして楽団も超一流。私はクラシックも大好きであったが、武蔵野市民文化会館で聞くことは初めて。なかなか本格的なプログラムを揃えており、自宅と近くでそれを聞けることも、とてもうれしい。
 当日の曲は、イタリア奇想曲、幻想序曲「ロメオとジュリエット」そして交響曲第6番ロ短調「悲愴」である。楽団のメンバーの多さに改めて驚くほどの本格的な陣容。
 前半の2局は、のりにのった演奏であり、とくに悲愴の第3、第4楽章がすばらしかった。第3楽章に入る前に、彼は、団員に明らかにメッセージを送っていた。感想を一言。
 
  1. すばらしい旋律。そして曲の中の一瞬の静寂は、休止符があるので当たり前だろうが、引き込まれるようで息ができない。
  2. あふれるばかりの情熱的な指揮。悲しさと喜びの抑揚を情熱的に奏でる。悲愴の演奏が終わって数秒は、誰も拍手ができない程引き込まれていた。アシュケナーゼの息づかいが聞こえてくるよう。
  3. 低音の部分が、うねり、うなり、叫びのような地響きとなって聞こえる。神の怒りの表現なのか。
  4. サイン会があり、アシュケナーゼの優しい笑顔に出会う。私にとっての家宝のCDとなる。
 最後に一言、最後の高音の意味が分からなかった。
アシュケナージのサイン入りCDジャケット アシュケナージのサイン入りCD

 久しぶりの博多で、弟夫婦と夕食を食べる。小学校2年と学齢時前の子ども2人は、ギャングである。そこで弟が考えたのが、釣り堀と海鮮料理を組み合わせた場所。しかも値段は安い。8部屋ある座敷の横は、それぞれガラス張りで、いわゆる水槽になっている。
写真・生洲レストランざうお
 

 まずは少しの腹ごしらえとして、イカとカワハギの活き造りとサラダを頼む。食べていると、タイやカワハギ、アジが横を通り、時として私たちをのぞき込む。どちらが水槽の中にいるか、分からない。
 しばらくして、釣り竿を借り、餌代の2百円を払って釣りの開始。3,800円のタイが1,980円で食べられるとのことで、子どもよりも大人の方がエキサイトしてくる。条件は、針にかかった魚は、そこで食べるか、持ち帰りかは選べるとしても、必ずお金を払わなくてはならないこと。しかし、お目当てのタイは、悠然と餌の横を泳ぎ、カワハギが集まるので、たびたび場所を変えなくてはならない。そして奮闘20分、大人たちは諦め、サラダやフライ等をオーダーして食事に戻る。
 おなかがふくれて、そろそろ帰ろうとした時、かかるはずのない子どもの釣り竿に、タイが引っ掛かって大暴れ。子どもは大喜び。そして大人は、まっさお。もう食べられないので、明日の朝食のタイ飯が頭をかすめるが、タイが暴れているので、網を手にして捕獲を始めようとした矢先、かかっていたタイが離れた。「危タイ」は「期待」へと完結した。
 弟の家族と楽しいひととき。2度の親の倒産と言う苦難を家族で乗り越えただけに、別れ際は寂しかったが、明日が早いので、博多駅のそばに確保しているホテルへ行くと言って別れる。ただ、博多に来て屋台に行かないのは、心残りなので、天神交差点の屋台に行く。若い夫婦が一生懸命働いていた。私は、彼らがこれからの日本を築く屋台骨になると期待している。何故なら、彼らは現実と向かい合っているから。今度また博多に来た時には、寄ろう。
 ちなみに、私の友人の新人医師に私が行った屋台の写真を見せたら、彼もたまたま行った屋台と一緒だった。でも、彼は、ママさんと会わなかったことを残念がっていた。これは、偶然だけど、奇遇とも言う。縁というものかもしれない。
天神交差点の屋台 屋台の若夫婦

大衆食堂商売熱心
場所はお示しできないが、その地域の食堂は、10時前なのでほとんどが閉まっていた。でも心意気はすばらしい。なぜならば、店を閉めても営業中。私は講演前の時間に、朝食を求めて、ある港駅に降りた。結局コンビニエントストアでおにぎりを食べることにしたが、私の期待に応えてくれた看板には感謝したい。

シクラメンのたより
 9月に徳島県脇町で講演をした。講演会場の隣が、確か県立高校だったと思う。そこで学園祭をしていたので、学生の話を聞いたり、励ましのつもりで買い物をしたりした。玄関のそばでは、花の販売をしていた。一生懸命声を上げ、売っていた。私も財布と相談して、1鉢を残してシクラメンを買い占める結果(羽目)になってしまった。
 徳島県をいつくかまわる所々でお土産にし、最終地点の小松島市の社協の友人にもシクラメンを2鉢渡した。それから約10週間程たって、友人からメールが来た。シクラメンの写真付きで。
「市川先生、9月にいただいたシクラメンが2度目の花を付けました。愛らしいピンクです!現在、デジカメの練習中です。撮影してみましたので、見てください。きちんと取れるようになったら、地域での活動をお送りいたします。」シクラメンの花のようなお便りである。

シクラメンの鉢植え

「お金はもっとも効く薬か」
 路面電車に乗り、100円を払おうとしたら、なかった。そこで、1,000円札を両替えをすると、なんと病院等で粉薬の時に渡される袋に100円玉が5枚と500円玉。確かに、機能的なやり方である。水には強いし、外から中身を確認できる。しかも、お金は、ある人にとっては、もっとも良い薬かもしれない。

長崎の路面電車

おつりが入った薬の袋

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