2020年10月30日 チャペルメッセージ

「神様の暗室」ジェームス・サック

マタイ 5:1-4
1 この群衆を見て、イエスは山に登り、おすわりになると、弟子たちがみもとに来た。
2 そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて、言われた。
3 「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。
4 悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。

 
当然に慰めという言葉があれば、前提として、何らかの悲しみまたは悩みが有るはずですが、私たちは苦しみ、悲み、試練を体験したくないと思います。
けれども、有名な山上の説教の頭にイエス様は至上の祝福(最高の幸福)を主張しました。「心の貧しい者は幸いです。」とか、「悲しむ者は幸いです。」と伝えました。
幸いは二つの英語に翻訳されました。一つは”happy” で、もう一つは“blessed” です。Happyの方はもっと表面的な意味ですが、 blessed は意味深いことで、恵まれたや祝福されたような概念です。
 
私にとって、happyはこの世の物、地上のこと、世俗的な意味ですがblessed は神様からくるものです。
 
最高の幸福はほうびを強調するより、神の国に参加する喜びを強調します。この世の立場から考えるとイエス様の伝え方はおかしい概念だと思います。外見で不幸な人のように見える人間になります。幸せである人ですか。とんでもない!
 
「心の貧しい者は幸いです。悲しむ者は幸いです」。今日、この概念を売ってみて下さい。説得力があるでしょうか。私たちはたくさんの物を持って、富みを得ることが出来るように一所懸命努力すると思います。どういうふうにイエス様の言い方について考えたらよいでしょうか。
 
今日(現代)の最高の幸福は次のようです。若者と美しい人は幸いです。幸せと満足を持つからです。問題のない人は幸せです。平安を持つからです。お金持ちは幸いである。年金に信頼できるからです。
 
20年以上前の35ミリメートルカメラの写真の技術を考えたいと思います。フィルム(カメラから撮ったネガ)を現像するために暗室に持って行かなければなりません。暗室の中にはくらい、赤い電響が一本あります。まず現像の薬(現像液)にネガを入れなければ完全にダメになります。ひたす前に光にさすとネガが破壊されます。けれども現像液からとるプリント(ポジ)が同じ光さすと素晴らしいプリントになります。
 
神様は私たちの暗室の経験をゆるして下さることによって私たちのスピリチュアルな面を成長させます。試練、悲しみ、フラストレーションや失望を通してキリストの映像が私たちに見えるようになります。
 
多分一番知られている詩篇(23編)に次の節があります。「死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。」イエス様に付いて行くなら、すべての問題がなくなることではありません。けれども神様がそばにいらっしゃるので一緒にその谷を通ります。 
 
時々神様は人生の道の光を一時的に隠していると考えています。大変さを通して、神が暗さの利益、利点、慈悲深さを教えて下さいます。
 
ローマの使徒への手紙に次の言葉があります。「患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。」これはフィルムにイメージを現像することと同じです。
 
皆さん、どうですか。今あなたは神様の暗室にいると思いますか?失望するな。神様はその経験を通して、あなたにキリストのイメージを現像する(エッチングします)。永遠のアートギャラリーに展示するためです。この苦しみの経験から回避したり逃げたりすることをしないで下さい。それはフィルムと同じようなことだと思います。神のタイミングを待って下さい。
 
「悲しむ者は幸いです。」悲しむ者は、死別を経験した人だけではないと私は思います。世界の事情に対する悲しみもあります。戦争、津波の結果、殺人事件、人をだますこと、コロナウイルスなど。その人たちは慰められるからです。神様からこの慰めをもらいます。
 
山上の説教の一番終わりにイエス様はこう言われました。「何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。神の国とその義とを、まず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」   神様はきちんと私たちのニーズを分かって下さい。
 
この世の立場から考えると、最高の祝福の態度を取る人々は闇、暗さ、”darkness” の中にいると思われるかも知れません。英語の“In the dark “= 何も分かっていないやみじめな失敗者だと言う意味です。
 
私たちは”in the dark”ではありません。いいえ、神様の暗室にいます。現像されているし、変換されています。(現像中ですよ)見事な作品になり、見せ物になっています。神の暗室に入る者は幸いです。偉大な光を見るからです。
アーメン。

ジェームス・サック
2020年10月22日

前のページに戻る

ALL INDEX